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◆◆ したこと: ◆◆

        『祝福のナワール』リリース後記
        
        
        愛する地球の皆さん、お久しぶりです。
        
        さて、今を去ること数日前、『祝福のナワール』がリリースされたらしいですよ?
        え? マジですか?! 私にナイショでリリースするなんてズルイ!
        
        [特設ページ]
        http://www.site-a.info/game/nagual/
        
        というわけで、まずは、エターナらずに済んだことに安堵したいと思います。
        これというのも私のご尽力のおかげ。私は私に感謝してもしきれません。
        何やかんやと時間はかかってしまいましたが、永遠に比べれば一瞬。
        バグなどあるやも知れませんが、ともかく出してしまえばエターナルの地平は突破であります。
        後悔は先に立たずと言いますが、公開は全てに先立つのであります。今日もダジャレ神は健在。
        
        そんなわけで、この日誌が公開される時点では、
        当ゲームの存在は既に全世界で話題騒然となっていることでしょうし、
        今更何を語ることもないかなとは思うのですが、
        一応、リリース後の区切りづけとして、製作に関して取り留めなくお話していこうと思います。
        
        
        まずリリース直後の雑感として、思ったより時間かかってしまったな〜、というのはありますね。
        いくつもの季節を見送ってしまったワビサビ。
        元々はミニゲームに毛が生えたぐらいの規模で考えてたのですが……
        って、同じことをマイン○ルのときにも言った気がするデジャヴ。
        対戦型ボードゲームにストーリーモードをつける、ぐらいのノリで考えていたのに、ご覧の有様。
        聞くところによると10万文字で文庫本一冊らしいので、マイ○ドルは文庫本14冊です。
        今回は同じ轍は踏むまいという思いは一応ありました。ありましたよ〜。油断するとデカくなる病。
        
        さて、製作のそもそもの動機。
       
        ゲームと言えば、ほとんど当たり前のように「戦い」ですが、
        別に「戦い」じゃなくても、同様の「ゲーム体験」は実現できるのではないの? とは前々から思っていました。
        で、それを実演して見せる、という大いなる野望が「祝福の」の発端の部分にあります。
        
        なので、システムが提示できれば充分だろう、というわけで
        実験的な内容の小規模なものを2〜3ヶ月ぐらいで形にできると思ってたのですが、
        何やかんやと話が大掛かりになって今に至るわけです。
        「何やかんや」とは何ぞや?
        規模が小さい実験作にして「ネタゲー」のように思われてしまうのは不本意だなと思った記憶があります。
        ある程度の規模でお届けすることで「マジさ」が伝わるのではないかな、とは思ってます。
        
        RPGは「ゲーム=戦い」が特に顕著なジャンルの一つですね。
        典型として、まず「悪の大魔王」のような存在があって、それを「倒す」のが大目標になる。
        ゲーム内のあらゆる「育成要素」は「戦闘能力」に集約される。
        「キャラクター」も「戦闘性能」で存在意義が語られる。
        
        
        しかし純粋に「ゲームシステム」の観点だけで見れば、要するに「数値の操作」です。
        その「数値の操作」に、「戦闘」という意味づけを乗っけているわけです。
        ならば、この意味づけ部分を「戦闘」以外のものにしても根本のゲーム体験は変わらないのではないか?
        だとすれば「戦闘」などという(敢えて言いますが)「業の深い」行為にしなくてもいいのではないか?
        
        いや別に「戦い」にするならするで、それはそれでいいと思うのですが、
        そもそも別の選択肢を考えることもなく「戦い」にしちゃうような傾向はある気がします。
        作ろうとするゲームの方向性に応じて、「戦い」以外の「ガワ」をもっと検討してもいいのではないか?
        
        というわけで、
        「攻撃して、ダメージを与え合う」のではなく、
        「祝福して、愛を与え合う」ということにした次第。
        これならいくらプレイしても業は深まりません。まさに安心安全。クリーンでサステナブル。
        それどころか、プレイすればするほど功徳が積まれていく! 高まる法悦! あたしこんなの初めて!
        
        このへんの話は前にも何度も語ってることなので、あまり繰り返さないことにしますが、
        「戦うゲームがケシカラン」とかいう短絡的な話ではない、とは言っておきます。
        むしろ、そういう短絡さこそが……
        っと、これを語り出すと文庫本14冊になってしまいそうなので、ヤメておきます。
        
        さて、「攻撃」を「祝福」に置き換えた以外は、お馴染みのRPGの型を踏襲したつもりです。
        できれば「数字を使わない」表現にもしたかったのですけど、
        そこまですると「お馴染みのRPG」からは掛け離れてしまうだろうということで今回は見送り。
        むしろ、「祝福」以外は「お馴染みのRPG」と同じであった方が明瞭に、
        「ゲームが "戦い" である必要って、ないよね?」という尊く崇高な啓示が伝わるのではないかと思います。
        
        ちなみにステータスの表示に棒グラフではなく円グラフを採用したのは、
        「長さ」という「数値の大小を比較しやすい形」を避けた、という、ささやかな抵抗だったりします。
        線形的世界観から、円環的世界観へ(←言ってみた)。
        あと「レベル」も、敢えて分かりにくい位置に表示し、普段はあんまり意識させないことを狙ってます。
        把握しなくても支障がないようなゲームバランスを心がけつつ。
        
        
        > むしろ、「祝福」以外は「お馴染みのRPG」と同じであった方が、
        
        と言いつつ、他にも凝ってしまった部分はありますね。
        「武器防具」がないとか、「お金」がないとか。
        
        装備品に関しては「戦い」を廃したことの必然的な結果ですが、
        アイテムを入手してキャラ育成というのはあります(=「武具」じゃなくてもいいよね論)。
        
        
        「お金」に関しては、「戦い」を廃するという当初のコンセプトとは別に、
        追加で欲張ってしまった部分ですね。
        
        ちょっと話がトビますが、日本の経済がおかしな事になっている大きな原因の一つとして、
        人々の貨幣観の間違い、というのがあると思うのですよ。
        
        「ゲーム的貨幣感」と言ったらいいのかな?
        「働いたらお金が増える」というやつ。
        
        いくら労働をしても、社会全体のお金が「増える」わけではないことは
        誰しも頭では分かってらっしゃるとは思うのですけども、       
        感覚的には、多くの人が「ゲーム的貨幣観」で生活してらっしゃるのではないでしょうか?
        だから、「働いて、お金を稼いで、国に税金を収めて、社会の役に立てよう」という間違った発想が蔓延る。
        だから、「増税……仕方ないよね」という間違った諦観が蔓延る。
        
        「労働の給与」は「通貨発行」ではない。
        
        ドラクエだったら、魔物を倒せば倒すほどゴールドが増えますが、
        現実世界では、働いてもお金は増えない。雇用者から労働者へ、お金の所有権が移動するだけです。
        で、そのお金の一部が税金として政府に回収されると、世の中に流通するお金の総量が減る。
        世の中に流通するお金の総量が減れば、すなわち、不景気です。
        つまり、頑張って働いて、税金を収めれば収めるほど、不景気になるのです。ガビーン。
        
        税金を払わずに、その分、あなたのインディーゲームを買えば、あなたの所得になる。
        あなたの生活に余裕が出来て、ゲーム製作がはかどる。その分、世の中が豊かになる。
        「景気が回復する」とは、こういうことでありましょう。
        税金をいくら収めても、景気は回復しない。
        お金が流通しなくなれば、人々の活動が止まる。
        人々の活動が止まれば、「国が貧しく」なる。
        大事なのはお金ではありません。大事なのは人々の活動です。
        「お金」とは、活動のための僕(しもべ)でなければならないのです。
        豊かな社会とは、人々が自由に活動できる社会のことです。
        重税のために活動が制限される社会は豊かな社会と言えるでしょうか? 否。断じて否。
        
        日本経済が混迷を深める今こそ、我々はゲーム的貨幣観から脱却しなければならないのであります。
        
        とは言うものの、ゲームが諸悪の根源だ、などと言うのは極端な話。
        単にゲームとして、よくある通貨システムを取り入れてる作品や作者さんを批判するつもりはありません。
        しかし上記のような認識を持つ私が、従来どおりの通貨システムを無批判に取り入れるのは心苦しい。
        というわけで、ささやかながら我を張らせていただいた次第です。

        > お金が流通しなくなれば、人々の活動が止まる。
        
        理想を言えば、そもそも「お金」なんてものを使わなくても、
        人々が生産物を融通し合えるような信頼関係で社会が成り立っていればいいのですけど、
        現在の地球では、なかなか難しいですね。
        
        あと税金の役割に関して、
        政府は別に税金を集めて、それを元手に国家運営をしているわけではない、という件や、
        そもそも通貨が発行されるタイミングはいつなのか、という件にも触れておかないと
        上記の話は伝わらなかったかな? と思いますが、
        それを語り出すと10万文字の超大作になってしまうので、
        続きはテレパシーで今夜あなたの脳にお伝えします。
        
        
        またもや話が飛んでしまいました。
        「祝福の」の話に戻すです。
        
        ストーリー要素について。
        あるいは世界観要素と言った方がいいのかな。
        
        メインは「普通のRPGの "戦闘" を "祝福" に置き換えたシステム」なので、
        ストーリーや世界観を具体的にどうするかという明確なプランは当初はなかったような気がします。
        なのですが、さほど紆余曲折を経ることもなく、
        まるで最初から決まっていたかのように、現在のような形になりました。
        
        内容としては見てのとおり、いわゆる「オカルト」ですね。
        こういう内容にした理由のようなものを挙げるとすれば、主に2つ。
        
        1つは、マイ○ドルはオカルト無しだったので、今回はオカルト全開でということ。
        マ○ンドルでは、オカルト要素は意図的に排除してました。
        原則的に、現代的な唯物的世界観の範囲内に、地歩を固める。
        あの世の話とか、目に見えない力の話とかに、話を「脱線」させない。
        「現代人に課せられた認識的な制限」の範囲内で、話を動かすことを心がけました。
        
        ただ、それはあくまでも、現代の地球人には、そういう制限が課せられている、というだけのことですからね。
        「課せられている」ということの意味を熟慮しつつ、
        それを取り払ったところに、見えてくるものもあるだろうとは思うわけです。
        
        もう1つは……どこから話したらいいかな。
        今回扱った、あれらの内容って、いかにも「ゲームのネタ」になりそうだな、とは前々から思ってたのですよ。
        しかし、私以外の人が作ったら、普通に「戦いのゲーム」にしてしまうだろうなという懸念もあった。
        敢えて「懸念」と言いました。
        「戦いのゲーム」がケシカランなどと言うつもりは無いですが、
        あれらの要素を「ダメージを与える」とか「倒す」とかいう行為の手段として表現してしまうのは、
        それはちょっと違うだろう、とは思うわけです。
        しかしそういう問題意識を持っている人は私以外には多分あんまりいないので、
        誰かが「ゲームのネタ」として目をつけたら、その人は、666%ぐらいの確率で、
        「戦うゲーム」として作ってしまうと思われます。
        
        ただ、私が知っている範囲では、幸いなことに、今のところ、
        あれらの要素を題材としたゲームは他に見当たらないようです。
        ならば私が先手を打って、牽制しておかねばならぬ!
        と言っても、他人を操ることはできませんし、何をするのも自由なのではありますが、
        私から1つの「先例」を作っておきたいかな、という思いはありました。
        
        
        で、それにあたって心がけたのは、主に3つ。
        
        ・あまりオリジナリティを出さないこと
        ・あまり説明的に分かりやすくしないこと
        ・ストーリー要素を見なくてもゲーム自体はプレイ可能にしておくこと
        
        
        >・あまりオリジナリティを出さないこと
        
        オカルト、つまり「現実世界に地盤がない話」なので、
        「私が勝手に空想したこと」を書いても仕方がないな、と思ってました。
        プレイした人にとって、それ以上広がっていく余地がない。
        ただ、結局私なりの解釈ということにはなりますし、
        そもそも著作権的な問題もあるので、本の丸写しのようなことはしていないのですが、
        既存の思想との関連は保つようにしました。
        それで、ゲーム本体以外に参考文献のリストもつけて、
        興味を持った人はさらに深めていけるように、というスタイルです(「兼 読書案内」の意味するところ)。
        
        念のために用語なども全部独自のものに変えて、原型をとどめないふうにした方がいいかなとも考えたのですが、
        そうやって「私のオリジナル性を強調」することこそ、むしろ、私のエゴでしかないだろうなと。
        プレイした人に「私の信者」になって欲しいわけではない。
        元ネタを隠したいわけではない。むしろ知って欲しい。
        私のゲームのことなんてどうでもいいので、参考文献の方を読んで欲しい。
        
        ちなみに著作権的なことは、結構心配して、色々調べました。
        それで私が調査した限りでは、結論としては法的な問題はないという判断です。
        
        まず、「著作物」として法的な保護の対象になるのは
        「思想や感情を創作的に表現したもの」、つまり具現化された「絵」とか「文章」そのもの、
        なので、「思想」自体は「著作物」ではない。
        本の文章を丸写ししてるわけではないので、抵触はしない筈。
        
        心配だったのは「用語」ですが、
        単語や短いフレーズなどは「創作性が低い」と見なされ、保護の対象にならないとのことですので、
        こちらも抵触はしない筈。
        商標になっている「テンセグリティ」や「ヘミシンク」という語は使ってない。
        
        というわけで、私の今回の行為は法的な措置の対象になるようなものではないだろうと判断しておりますが、
        こうやって色々と調べるぐらいには不安がある(あった)というのは正直なところではあります。
        万が一、何か問題が起きたら公開停止します。
        社会と衝突してまで断行するようなことではないですからね。
        
        もちろん、こういうのは本来的には人と人の信頼関係の問題であり、
        法的に訴えられさえしなければ何をしても良いというものではありません。
        特定の思想を題材にする以上、そのイメージを悪くするようなことのないよう気をつけたつもりではあります。
        特に、私ほどのカリスマゲームクリエイターとなると、社会的な影響も超絶大ですからね。
        人一倍こういう問題にも神経を配らないわけには参りません。カリスマは罪。
        
        
        >・あまり説明的に分かりやすくしないこと
        
        「私の考え」に賛同して欲しいわけではないですからね。
        なので、このゲーム単体で、論理的に完結した世界を構築しても仕方がないだろうなと。
        それよりは、解釈の幅を残しておいた方がいい。
        このゲーム自体をクリアしても、おそらく、意味不明だと思われますが、
        そこを「私の解釈で明瞭に」しても仕方がないだろうなと。
        で、さらに深めたい人向けに、参考文献やブックガイドを同梱することにしたわけです。
        このゲームが「きっかけの1つ」になれば光栄ではありますが、
        あくまでも、受け取った人の側で、考えて欲しいと思っております。
        特に「オカルト」では特定の考えを教条的に押し付けると「カルト」になってしまいますからね。
        押し付けるつもりはなくても私ほどのカリスマゲームクリエイターともなると(以下略)
        
        ちなみにマ○ンドルでは逆に、可能な限り「語り尽くそう」としたつもりです(あの分量)。
        もちろん、解釈はお読みになった方にお任せなのですが。
        
        
        >・ストーリー要素を見なくてもゲーム自体はプレイ可能にしておくこと
        
        前述の通り、このゲームは「システムありき」なので、
        ストーリーに沿ってイベントをこなしていく、というものではなく、
        あくまでもプレイ行為を遂行する際の「背景」としての提示にとどめています。
        その過程で興味をひかれる箇所があれば、参考文献の方を見ていただければ、ということですね。
        
        この点、「ダンジョン探索」という様式は合ってるなと思っています。
        NPCとほとんど会話しなくてもプレイは可能です。
        「反復」のノベルパートは、部屋の位置が奥まってるので、存在自体に気づかない可能性もあるかもですが、
        それはそれでいいかなと思って、あの位置のままにしました。
        なお、反復の内容は特に何かの思想に基づいたものではなく、私の「創作」ということになります。
        (一部、史実を元ネタにした部分もあり)
        それと、ネタバレですが、終盤に反復の内容を問われる箇所があるのですが、
        実際に中身を読んでなくても、リトライすれば突破は可能です。
        
        
        ここから先は苦労話を少々。
        
        思ったより時間がかかってしまった理由の1つに、
        ゲーム本体以外のブックガイドの作成というのもありますね。
        昔読んだ本を思い出して、ちょろちょろっと書けるだろう、とか思ってたのですが、
        記憶というのはあやふやなもので、
        手元にない本はタイトルを思い出して、図書館で内容を再確認して、
        どうしても見当たらない場合は近い内容のものを探して、
        未読のものを紹介するわけにはいかないので、中身にも目を通して……、
        などとやっていたら、かれこれ1ヶ月弱ぐらいかかりました。私は本当に頑張り屋さんですね。
        その甲斐あって、なかなか充実したものになった気はします。
        ある意味、ゲーム本体よりも、こっちがメイン。
        
        あと、Windows環境での動作確認にも、何やかんやと手間取りましたね。
        製作中に普段使っているLinux環境では問題なく動いてたのですが、
        Windowsマシンに移して、LÖVE の最新版(11.4)で動かすと、謎現象が頻発して不安定になる。
        さらに、うちのマシンのせいかもですが、
        64bit版のLÖVEが起動しない(マシン自体は64bitなのですが……)。
        
        いろいろ調べたり試したりした結果、ゲームのソースコード自体には異常は見受けられず、
        最終的には、1つ前のバージョンのLÖVE(11.3)の32bit版ならどうやら問題なさそうだということで、
        そのバージョンでEXEを生成することで手を打ちました。
        あなたのマシンで無事に動いてくれることを願うばかりであります。
        (ちなみにうちのマシンは約10年前に3万円で購入した超ハイスペックなものです)
        
        C++で作ってたときと比較して、間にLÖVEのような既製のレイヤーが入っててくれた方が、
        他のマシンで動かない可能性を心配しなくて済むので有難いと思ってはいるのですが、
        任せっきりで万事オッケーというわけには、なかなかいかないようですね。
        
        ちなみにLÖVE11.3の32bit版は以前「つながあるふるえる三原色」でもお世話になったバージョンなので、
        多分大丈夫である確率が高い可能性が濃厚と思われるのではないかと推測しております。
        実績があるというのは一応の安心材料ですね。
        
        
        
        さて、ゲームの内容に関してはそんなところ。
        あと何かあったかな?
        
        今後の展開について。
        
        展開というか、宣伝をどうしようかな?
        あまり積極的に宣伝する必要はないかなというのが現在の心境だったりはします。
        何しろ私は世界的に高名なカリスマゲームクリエイターなので、
        特に宣伝しなくても、勝手にダウンロードされまくるに決まってますからね。カリスマは罪。
        
        マイ○ドルのときは、一人でも多くの「こういう話が必要な人」にお届けせねば!
        という使命感?のようなものがあったような気もするのですが、今回はそこまでの熱は無いですね。
        愛する地球の皆さんに何か益するところがありますように、とは願ってますが、
        それは私が決めることではない。
        
        私としては、オカルト風に言えば、
        「神の御前(みまえ)でこれを作るという行為を遂行した」こと自体に意味がある。
        成果物は玄関先の祠に「お供え」しておくので、
        ご縁があって興味をお持ちになったお友達は持っていってね、という感じです。
        
        内容的に「説教くさく」受け取られる可能性もあるかな、という点も、
        私から積極的にプッシュしづらさを感じているところだったりもします。
        これを「万能お悩み解決策」だなどと言いたいわけではないのですが、
        人によっては「地雷」になる可能性もあるだろうなとテレパシー。
        私が批判されるのはさておき、人に嫌な思いをさせたくはないですね。
        それを言い出すと何もできなくなるのではありますが。生きることは罪。
        
        ツイッターでの宣伝ということに、あまり期待していない、というのもあります。
        それはもう、マ○ンドルのときに散々やりましたからね。
        それを通して得たご縁もあるので、無駄だったとは思ってませんが、
        同じことを繰り返す元気はちょっとないですね。
        あのやり方にもマズかったところは多々あったかなという反省点は多々ありますが、
        ツイッターでの宣伝ということ自体の「実状」は充分体感できた気はします。
        一応、私の活動に興味を持ってアカウントを見にきてくれた人向けの情報提供として、
        固定ツイート用の投稿をしておこうかな、とは思ってます。
        
        ツイッター以外では、何かイベントがあれば出てみたいかなという気持ちもあります。
        ただ、純粋な一次創作とも、かと言っていわゆる二次創作とも名乗りづらい部分があるので、
        参加は遠慮しがちになる見込みではあるのですが。
        
        それと、元気が余ってれば、PVと攻略ページは作っておきたいかな?
        
        
        あとは……。
        あ、そうだ、RPG的なものを
        (某ツ○ールや某エディタのような「RPGを作るための既存のツールセット」は使わずに)
        (主としてコーディング作業によって)
        作っておきたい、というモヤモヤとした野望のようなものはあったので、
        出来栄えはさておき、これで一応、自分の中では「実績解除」です。やったぜ!
        (実は大昔にも一応作ったことがあるのですが、アレはちょっとアレなので、自分の中ではノーカンです)
        
        これに関しては、伝説の「フォーンアイル」から触発された部分があることも申し上げておきます。 
        昨今、RPGを「システムから自作」というのは「割に合わない」と考えて、
        選択肢から排除していた節が私にはあったのですが、
        成し遂げた人を目撃してしまったのは衝撃でしたね。
        
        「C++で完全手打ちで数十万行(素材も自作)」という偉業には比ぶべくもありませんが、
        Luaでソースコードを書いて「RPG」のような形をしたものを構築できたことには、
        なんと申しますか、「義務を果たした」と言っては奇妙ですが、
        「やっておかねばなるまい」と思っていたことを自分に出来る範囲でやり遂げたと言っていいかな、
        という達成感は感じております。
        「フォーンアイル」との出会いがなかったら、
        もしかすると今回の拙作を作ろうと思うこともなかった可能性もあります。
        
        
        
        さて、色々ヤヤコシイ話を申し上げましたが、
        ご縁があってお手に取られたお友達には、少しでもお楽しみいただければ望外のハッピーです。
        できるだけ快適にプレイできるようにしたつもりですが、
        やりにくい部分などあったらごめんなさい。
        どなたでもクリアできるようにしたつもりですが、説明不足な箇所はなかったかな?
        不安は尽きませんが、リリースした=手放した、ということですので、
        あとはお受け取りになった皆さんにお任せします。
        
        
        というわけで。
        今日もあなたが幸せでありますように。