マインドル本文・3rdヒロ子氏のパート・第8話が完了。
やりました! 完了です!
この喜びをあなたに伝えたい。ご近所一帯に拡声器で伝えたい。防災無線を乱用して伝えたい。
そうなんですよ。つまりですね、拡声器を使うってのはですね、よくないことです。大迷惑です。
人の日常生活を踏みにじる暴力行為です。
それが今日、私がみなさんに伝えたかったことです。
あれ? そうでしたっけ?
ええ、それはそれで常々思ってることではあるのですが、
今日私があなたに伝えたかったのは、えーっと、えーっと、あ、思い出した。
あなたを愛してます。
それが今日、私があなたに伝えたかったことです。
で、ちなみに、マインドル3rdヒロ子氏の第8話の本文が完了しました。
やりました! 完了です!
この喜びをあなたに……(無限ループ)
えーっと。何を言おうとしてたか忘れてしまったじゃないですか。困ったな。
確か、古い記憶によると、原稿用紙換算で175枚分だったらしいですよ。
ほうほう。前回は確か、半分の段階で70枚と言ってましたよね。
つまり、70枚×2=175枚。前回の予測が寸分違わぬ正確さで的中した。すごい!
いやぁ、算数って本当にすごいですね。宇宙の法則ここに顕現せり!
今回はですねぇ、あ、誰も気にしてないと思うので少しばかりネタバレなのですが、
前回のお話から少し時間が経過した後、という内容でして、
そこのところの表現がうまくいくかなー、と心配して懸念して危惧してたのです。
たとえば、たとえばですけど「あれから2年……」と一言で書いても、
あんまり2年って感じしないですよね? え? します? さては暗示体質ですね? だんだん眠くなれ!
一番いいのは読むのに2年かかる分量を用意することですよね。
うん。それが一番いい。
だけど私は明日にでも死ぬかもしれないので、あんまり時間のかかる作業はしたくないのですよ。
読むのに2年かかる分量を2時間ぐらいで用意できるならハッピーなのですが、
多分それは無理だと思うのでハッピーじゃないので諦めたので一番いい方法じゃない方法を選ぶことにしたので、
時間経過がうまく表現されるかなー、と心配して懸念して危惧してたのです。
なのですが、案ずるなかれ、石から仏を彫り出してみましたらば、
実にうまい具合になってるじゃないですか。いつもながらびっくりです。
いつもびっくりしてるものだから体中にびっくり癖がついて大変です。目とか心臓とか、たやすく飛び出ますからね。仏め!
しかし実によい感じなのが出てきてくれました。仏って本当にありがたいですね。
あとですね、分量もちょうどよいですね。
前回まで大長編が続いてて、今回以降は短めになる見込みだったわけですが、
急に短くなりすぎると違和感があるじゃないですか。
そういうのはちょっとまずいんじゃないかなと思ってたわけじゃないですか。
そこで175枚って、実にちょうどいいじゃないですか。
詳細設計を見たとき、うっかりすると50枚ぐらいで終わってしまうかとも思ったじゃないですかなんですが(あ、無理矢理!)、
それもまた仏の采配でなんだかんだと175枚じゃないですか。
話は変わるんですが、
最近インターネットを見てると、記事のタイトルで「○○○とは?」っていう文言、目につきません?
あれ、ちょっとなんていうのか、うっとうしい気がするんですが、
そんな気、しちゃダメなんでしょうか? 私キチガイなんでしょうか?
たとえばですよ、私が何か本を読んで、その感想文を書くとする。
で、そのタイトルを「○○○を読みました。その感想とは?」って書いたとしたら、どうです?
「知るか!」って思いません? 思いませんか……そうですか……。
「○○○とは?」というタイトルの鬱陶しさ。その理由とは?
いやー、きついですねぇ。きつくないですか? そうですか……。
で、その理由とは? なのですが、
多分ですが、読む側(私)の感覚を先取りして上書きしようとしているから、なのではないかと思います。
たとえば上の例で言うと、「その理由とは?」という表現は、
「その理由」について、事前に私が興味を持っている、"という場合の" 表現なんですよ。
でも、まだ興味持ってるとは限らない。
そこを無視して「理由知りたいんでしょ?」と私の感覚を(決めつけて)引っ張ろうとしている。
話には段取りというものがあると思うのです。
そのタイトルを私が目にする前に、「「○○○とは?」というタイトルが鬱陶しい」ということについて、
あれこれと議論を交わしてして、それについての興味がかきたてられている状態になっていて、
その上で、「ではその理由とは?」というのが、話の段取りというものです。
その段取りをすっとばして、イキナリ「とは?」と持ってくる。
それが鬱陶しさを感じる理由なのではないかと思います。
私は別に興味持ってないのに「とは?」だなんて、勝手に言わないで欲しい。
こういう場合、従来からの表現を使うならば、
「……について」と書かれるところではないでしょうか?
それを、誰が発明したのか、「……とは?」と書いてしまうことが流行っている。
多分、そう書いた方がクリックされる率は高いのでしょう。わかります。
たくさんクリックされた方がうれしいですから、
数字フェチの僕たちは「……について」ではなく「……とは?」と書いてしまう。
しかし、そこに(巧妙な)押し付けがましさを感じるのです。
「……について」であれば、それについて興味があるかどうかは、受け手(私)次第です。
しかし「……とは?」と書くのは、「興味あるんでしょ? さぁ読め!」という「押し」の表現になってしまう。
そのタイトルを目にする者が、すでにそれについて興味がある、という空間を演出してしまう。言外の効果がある。
巧妙です。
よほど気をつけてないと、自分の感覚を引っ張られていることに気づけないでしょう。
「とは?」と言われると「見なきゃ!」という気分を掻き立てられてしまう。
さて、それが本当に自分の意志なのか? 意志を操らせてはいけません。
しかしこれ、巧妙な押しの表現というか、一種の手抜きなんじゃないでしょうか?
上にも書きましたが、「……とは?」と言う前に、段取りがあるはずなのですよ。
前戯なしに挿入してるみたいなものです(あっ、下ネタ!)。
段取りを踏んだ上で「とは?」と言ってくれれば気持ちいいのかもしれない(まだ下ネタ!)。
つまり、なんだか "書き手本位" な表現だなと思うのです。
でも、そういうふうに強引に扱われるのが気持ちいいって人もいるのかな?(まだまだ下ネタ!)
今までここに下ネタ書いたことなかった気がするのですが、
なんでこういうことになってしまったのでしょう? 先生とっても悲しいです。
何の話でしたっけ?
第8話が完了したという話だったのでした。そうでした。
さて、第8話が完了したということは、8の次は9なので、次は第9話だ。算数の大好きな僕らにはわかる。
第9話も分量が少しばかり気がかりです。
詳細設計を見たところ、わりと、フローが細かい。これは油断すると大長編ですよ。ご注意ください!
ああ、そうですねぇ、「……なのでご注意ください」ってのも最近よく見る表現なので注意してください。
でも、これは別に、「とは?」のようなうっとうしさは感じません。感じます。あれれ?
これって多分、単に、語尾に収まりをつけるための書き癖ってことなんじゃないでしょうか?
普通に「……です」でいいはずなのに、それだと何か、収まりが悪い気がする、のかな?
それでついつい「……ですので注意してください」と書いてしまうので注意してください。
別にうっとうしいというほどではない。
「とは?」とは違って、人の意志を乗っ取ろうという邪悪な企みは感じませんので注意してください。
ああ、ごめんなさい。
今日は私なんだか意地悪ですね。
でもこれだけは信じて欲しい。私はあなたを愛しているのです。
今日もあなたが幸せでありますように。
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