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◆◆ 思ったこと: ◆◆

        コンビニの野菜が不幸バトルのフロントラインになっている?
        
        というのはですね、
        私、基本的にコンビニには ATM を使うときと公共料金の支払いのときぐらいしか行かないのですが、
        最近のコンビニには野菜も売っているのですね。
        しかも値段がスーパーと比べて遜色のない安さ。
        むしろスーパーよりも安いかもしれない。
        これはぜひ一度、騙されたと思って乗ってみるしかありません。
        そんなわけで買ってみました。
        もやしとカット野菜の詰め合わせを買ってきて、野菜炒めにしていただきました。
        うまい! うまいじゃないですか!
        コンビニのくせに、こんなにうまいなんて。生意気だぜコンチクショー!
        今度からはコンビニもおいしい野菜が手に入る場所として利用させてもらおう。
        
        そう思って、ハッピーな気分になって、
        浮かれてネットで検索してしまったんですよ。
        コンビニの野菜って、もっと、こう、活用法が幅広かったりするのかなー、とか思って。
        でも、検索してすぐに、しまった! と思うことになってしまった。しまった!
        
        やっぱりね、ネットはね、なんだかね、悪意の巣窟なのかな。どうなのかな。
        いやね、別にね、
        コンビニの野菜は洗ってあるから栄養がないとかね、
        消毒してあるから体に悪いとかね、
        そこまではいいです。
        そこまでは、真偽のほどはともかく、ある種の知識として、いいも悪いもない、はず。一応。
        だけど、「コンビニの野菜を食べるのは自己満足」だとか、
        そんな悪口を言わなくてもいいと思うのです。
        別に栄養なくってもいいじゃないですか。
        体に悪くてもいいじゃないですか。
        おいしいと思って食べてたわけですよ。
        それでいいじゃないですか。
        
        なんだかね、悪意が渦巻いているのを感じてしまう。
        人がハッピーでいることが許せない、という悪意。
        そのつもりで改めて見てみると、先の情報にも悪意がこもっているように思うのです。
        栄養がないとか薬品で体に悪いとか、一見アドバイスをしてくれているように見えなくもないのですが、
        そういう話が語られているところのほとんどで、「じゃあどうすればいいか」という話がない。
        つまり、少なくとも、人に対する思いやりの心から出てきている言動では、多分ない。
        人が喜んでしていることの価値を貶めたい。そういう心なのではないか?
        
        情報の真偽は、この際、どうでもいいと思うのです。
        コンビニの野菜に限らず、この手の話って、真偽なんて確かめようがない。
        それよりも、なぜ、わざわざそんな話をするのか?
        そこに私は、悪意が感じられてならないのです。
        
        どういうことなのでしょう?
        人が集まるところに不幸の心あり?
        コンビニしかり、ネットしかり。
        
        誰かがハッピーであることが許せず、不幸にしてやろうと互いに目を光らせている。
        人が人を不幸にせずにはおかない世界。
        
        一応言っておくと、これはもう、野菜云々の問題ではありません。
        人と人が傷つけ合っている。その戦場がここでは「野菜」だった、というだけのことです。
        
        
        
        不幸だ。
        私は今、不幸のどん底な気分なわけですが、
        こんな世の中で生きていることを思えば、不幸なのも致し方のないことなのかもしれません。
        
        では、どうするか?
        仕方がないと諦めて、この私も恥ずかしながら不幸ウォーズに身を投じる?
        不幸を呼ぶ不幸の戦士として世のため不幸のため身を不幸にして戦い続ける?
        
        ダメです。いけません。
        こんなときこそ、こんなときだからこそ、
        人の幸せを願いたい。
        あなたの幸せを願いたい。
        
        何を食べても栄養がないかもしれない。
        何を食べても添加物てんこもりかもしれない。
        どうすればいいのかもわからない。
        だけど、それでも、あなたには幸せでいて欲しい。
        願いは1つ。
        
        現状がいかに困難にあふれているか?
        そんなことはどうでもいいのです。
        どーでもいいのです!
        願いはいつだって1つ。
        あなたが幸せでありますように。