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◆◆ したこと: ◆◆

        SFML チュートリアル「CMake で SFML をコンパイル」を翻訳。
        
        あんまり自信満々の出来栄えというわけではないけれど……、
        こんなもんでしょう。こんなもんですよね? 頭ナデナデしてください。
        
        やっぱり英語以前に、内容をキチンと理解できてないと、訳文が怪しくなりますね。
        どうとでも解釈できる言い回しで誤魔化したり。
        英単語をそのままカタカナにして専門用語っぽく見せかけたり。
        しかしネットは広いから、私よりも優秀な人が、もっと上手な訳を書いてくれることでしょう。
        
        
        > しかしネットは広いから、私よりも優秀な人が、もっと上手な訳を書いてくれることでしょう。
        
        そこなのですよね。
        検索エンジンで 「SFML チュートリアル」とか「SFML 日本語」とかで検索すると、
        どういうわけか、うちのページが上位に出てしまう。
        
        上位に出るのは喜ばしいことのはずなのですけど、
        つまり、世間における SFML への関心がいかに低いか、ということでしょう。
        だからこそ私なんかが翻訳に乗り出す余地があったわけですが、
        せっかくページを作っても、関心を持ってもらえないのはサミシイ。
        みんな、もっと私に注目しなさい。じゃない。SFML に注目しなさい。
        
        
        さて、一仕事終えたら「できたよー!」と、大きな声でふれて回りたいところです。
        が、そういう手段が一切ない。
        悲しむべきか、喜ぶべきか。
        検索エンジン経由で誰かがいらっしゃるのを待つばかり。
        公開し終えたらば、あとはもう、気にしない。達観して。
        それが自然な姿? なのかな。そんな気もします。
        だけど、やっぱり満たされない気持ちが残る。
        心に穴が開いた気分ですよ。効果音は「ぽっかり」でしょうか。
        
        こういうとき、ツイッターとやらを使ってると、
        思わず、さえずってしまうのかもしれませんね。ちゅんちゅん。
        
        
        
        > だけど、やっぱり満たされない気持ちが残る。
        > 心に穴が開いた気分ですよ。効果音は「ぽっかり」でしょうか。
        
        おそらく穴はもともとそこにある。
        それを埋め合わせようとするいかなる努力も、おそらくは根本的に徒労に終わる。
        なぜなら、穴をいくら埋めても、そこに穴があるという事実は消えないから。
        
        あるいは気持ちが外側に向いたから、
        構造的な意味で、精神状態の一角に外部からの流入を前提とした空隙が生じた、ということでしょうか。
        1人で考え事をしているときや、マインドルのストーリーをひたすら考えている(いた)ときには、
        こういう感覚は、なかった。
        
        なかった? 本当になかった?
        どうでしょう。
        多分なかったと思う。うん。
        この違いは何なのでしょう。
        というより、精神状態とは、こんなにも、変化しうるもの、なのですね。
        なかなかに intriguing ですよ。