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◆◆ 思ったこと: ◆◆

        ゲームに対して、批評というか、
        ここが不満、とか、ここがいい、とか、悪い、とか、
        そういう話は、よくあると思うのですが、
        それで、その「いい」「わるい」に従って、そのゲームを、どんどん修正していったとして、
        究極的には、一体どういうものになるのでしょう?
        
        もとになるゲームがどういうゲームであっても、
        プレイヤーのワガママに従って究極まで修正していくと、行き着く先は、同じになるような気がします。
        いや、同じには ならないかな? どうでしょう。
        
        いずれにしても、それは、
        「結局のところ、なんのためにゲームをするのか?」
        という問いを突きつけるもの、になると思うのです。
        
        そして、それはおそらく、
        「現在の我々」が「ゲーム」という言葉でイメージするものとは、似ても似つかない姿をしている。
        ゲームに対する「もっと、こうあって欲しい」という要求が、
        結局のところ何を意味しているのか? を、示すもの。
        
        
        でも、この話は、きっと、
        「結局のところ、なんのためにゲームをするのか?」という問いに対して、
        何の躊躇もなく、反射的に答えを口に出すことが出来てしまう人にとっては、
        あんまりオモシロイ話ではないのだろうとも思います。
        
        考えることをやめるための便利な言葉が 身の回りには たくさんあります。
        言葉があるせいで、考えなくなってしまう。これは一体どうしたことか?
        言葉の役割とは何だったのか?