周囲にはほとんど人通りはない。かと言って座れるような場所もない。
せっかく一緒に過ごす時間を得られたのに、こんなことになってしまうなんて。
なにしろさっきから歩きっぱなしなのだ。
俺は申し訳ない気持ちと情けない気持ちで一杯だ。
「今日は、折原くんがいてくれてよかった」
「え……」
突然の意外な一言。
「どうして、ですか?」
気を遣って言ってくれているのだろうか。
「私一人だったら、今日はこんなふうに外を歩けなかったと思う。
なんだか、どこにも居場所がなくて……学校にも、外にも、どこにも」
なんだか、どこにも居場所がなくて……学校にも、外にも、どこにも」
「今もこうしてなんとか立っていられるのは、隣に折原くんがいてくれるおかげだよ」
先輩のおかれている事情を俺は知っているつもりだ。
今日、学校を出た直後、先輩が足を早めて俺を追いかけてきたことを思い出す。
俺は先輩の役に立てたのだろうか?
「俺は別に……何もしてませんよ」
「そんなことはないよ」
「そうですか?」
「うん。何もしてないなんてことはない。何もしてなくても、存在はしてる。だよね?」
「うーん。小学生の屁理屈みたいですね」
「そうだね」
俺は皆月先輩にとっての他人だ。先輩が見ている世界の登場人物だ。
ここにいるということは先輩が見ている舞台の上に立っている人形なのだ。
しかし人形の中には実は "俺" が隠れている。
自分の役どころを知らず、舞台の上で観客の視線を意識しながら着ぐるみの人形の中に隠れて所在なく立っているのだ。
着ている人形がせめて見苦しくありませんようにと必死で祈りながら。
あるいは俺が見ている舞台に立っている皆月先輩という人形の中にも同じように "私" がいて、所在なく立っているのだろうか。
周囲に人の姿は見えない。
沈みかけた日の光に赤く染められた道が細く続く住宅街。
低く連なる家々の屋根の彼方に、鮮やかな輪郭の朱色の太陽が丸く浮かんでいる。
「まるで、地球の外側を歩いてるみたい」
先輩の横顔が空と同じ朱色に染まる。
視線の先の丸い太陽は少しずつ家々の稜線の下へと沈もうとしている。
赤から濃い紫へ。夜の色に変わろうとしている空に、宵の明星がひときわ明るい点を灯してその存在を主張している。
「私がいなくても地球は回る。物事はうまく回るようになってる。
だからきっと、私が手を出すと、核戦争になって地球が滅んだり、脱線事故が起きて人が死んだりする」
だからきっと、私が手を出すと、核戦争になって地球が滅んだり、脱線事故が起きて人が死んだりする」
赤い光に包まれて、空を見ながら歩く。
「このまま歩き続けて、本当に地球の外側に出られたらいいのに」
沈もうとする太陽を追いかけて歩く。
だがどんなに歩いても決して空に近づくことはない。足は常に地面から離れず同じ場所を回るだけ。
どんなに居場所がなくても、地上から出て行くことはできないのだ。