「えーっと……こう、かな」
「あっ」
先輩からの一手で俺が負けそうな雰囲気になってきた。
いや、負ける。これはもう、俺の負けだ。
「うーん、俺の負け、っぽいですねぇ」
適当に笑いを浮かべながら、緩やかに駒を動かした。
一応、守りを固める手だが、この展開では守りきれない。先輩の次の一手で俺の負けが確定するだろう。
「……私、勝ちそうですね」
「ですね」
「私がこっちに駒を動かすと、私の勝ちになる。折原くんの負けになる。私が勝てば折原くんが負ける」
折原くんの負けになる。
たかがゲームのはずなのだが、そこまで明確に言葉にされると心に突き刺さるものがあるな。
「今……私の手の中に選択肢があるんですね。折原くんを負けにするかどうかの選択肢が」
選択肢か。大丈夫かな? また人類の命運をかけてしまうのだろうか?
「折原くんは、勝ちたいですか? それとも負けたいですか?」
「え? そりゃあ、できれば勝ちたいですけども」
「じゃあ……
私は負けたいです!」
私は負けたいです!」
ひときわ力強く宣言して、先輩は勝つ手順と正反対の位置に駒を動かした。盤面が隙だらけになった。
「いやいや、そりゃないですよ先輩」
俺も負けずに、守り駒を盤面の端に移動させてボディをガラ空きにした。さぁ先輩、俺を負かしてください。
「だって私が勝ったら折原くんの負けになっちゃうじゃない!」
またまた先輩は自陣に隙を作る手を指した。
互いに一歩も譲らず、可能な限り勝ちから遠ざかる手を指し続ける。
やがて盤面は普通に指したのでは到底ありえないような奇妙な状態になってきた。
「……これじゃゲームになりませんね」
「……そうだね」
どちらからともなく手を引き、勝負はうやむやのまま終了した。
「どうして、ゲームなんてものがあるのかな? どちらかが勝てばどちらかが負ける。みんなの願いが叶えばいいのに」
どちらかが勝てばどちらかが負ける。
2人ともそれぞれに自分が勝つことを願って争うのがゲームであるならば、両者の願いが同時に叶うことはありえない。
「ゲームって、ルール上そういう仕組みになるように、わざわざ作ってあるんだよね?
どうしてそんなふうにしてあるんだろう?」
どうしてそんなふうにしてあるんだろう?」