ぶつからないよう、俺は懸命に周囲に神経を張り巡らせて歩くが、それも限界がある。
ついに俺は通行人の一人とぶつかってしまった。
謝る気になれず黙っていると、通行人は落とした携帯を拾いながら俺に突っかかってきた。
「いてて……どこ見て歩いてんだよおまえ!」
携帯に夢中でも、ぶつかったことにだけは気付くものらしい。厄介なものだな。
「そりゃこっちのセリフですよ! 携帯見ながら歩いてるやつに "どこ見てる" なんて言われる覚えはありませんよ!」
たまりかねて声を荒げると、相手も負けじと声を荒げてきた。
「なにを〜?! イマドキ携帯なんて常識だろうが!」
ん?
よく見たらぶつかった相手は知り合いの純ヶ崎だ。幸か不幸か。
「お。よく見たら折原じゃねぇか」
向こうも俺に気付いたようだ。
よく見たら、ねぇ……。
「どうせなら、もっと早くから "よく見て" 欲しいもんだな。たとえば前方とか」
「ふん。謝る気はないってことか。まぁ今日のところは親友のおまえに免じて勘弁してやろう。携帯も壊れてないようだしな」
「ぶつかった人間のことより携帯の方が大事なのかよ」
「まぁ、今後は気をつけて歩けよな」
「だからそりゃこっちのセリフだって。携帯見ながら歩いてたら危ないだろうが」
「何言ってんだ。さっきも言ったがイマドキ携帯なんて常識だぞ。まわりを見てみろ。みんな携帯見ながら歩いてるだろ?」
「おいおい、他の人もやってるから自分もいい、だなんて典型的な言い訳だな」
「わかってないなぁ。俺が言ってるのはそういうことじゃないんだよ」
「どういうことだ?」
「これを見たまえ」
得意気な様子で純ヶ崎は携帯の画面を俺に突きつけてきた。
そこには地図のようなアプリが表示されている。
「なんだこれ? ナビか何か?」
「やっぱり知らんのか。そんなことだろうと思ったぜ。
これはただのナビじゃない。スマーティングシステムと連携したスマーティングナビだ」
これはただのナビじゃない。スマーティングシステムと連携したスマーティングナビだ」
「またスマーティングシステムか……」
そんなことだろうと思った、と、俺は思わず純ヶ崎と同じセリフを言いそうになっていた。
純ヶ崎の得意気な解説は続く。
「スマーティングナビに従って歩いていれば目的地までの最適な道順が一目瞭然なのだ。
それだけじゃない。周囲の他のユーザーとの連携で、衝突を回避する安全なルートをも提示してくれるのだ。
つまり、"携帯を見ながら歩くのは危ない" なんてのは時代遅れの話だ。
今はむしろ携帯を見ながら歩く方が安全なのだよ。それどころか携帯を見ずに歩く方が危険なのだ」
それだけじゃない。周囲の他のユーザーとの連携で、衝突を回避する安全なルートをも提示してくれるのだ。
つまり、"携帯を見ながら歩くのは危ない" なんてのは時代遅れの話だ。
今はむしろ携帯を見ながら歩く方が安全なのだよ。それどころか携帯を見ずに歩く方が危険なのだ」
「ははぁ。誰も彼もが携帯を見ながら歩いてるのに誰もぶつかってないのはそういうわけか」
「そういうことだ」
「だが、それじゃあ携帯というかスマーティングシステムを使ってない人はどうなるんだ?
そのアプリが衝突を回避できるのは、ユーザー同士で連携して位置を把握してるからなんだろう?
街にいる全員がユーザーとは限らないじゃないか」
そのアプリが衝突を回避できるのは、ユーザー同士で連携して位置を把握してるからなんだろう?
街にいる全員がユーザーとは限らないじゃないか」
「だから言っただろう? イマドキ携帯は常識だって」
「ちょっと待て。スマーティングシステムを使ってない人間は堂々と無視なのか?」
「まわりを見てみろよ。みんな携帯を見ながら歩いてるだろう?
お互いに位置情報を連携してこその安全確保なんだ。
そんな中で自分だけ携帯を使わずに歩いてるなんて、そんなのは自分勝手だとは思わないのか?」
お互いに位置情報を連携してこその安全確保なんだ。
そんな中で自分だけ携帯を使わずに歩いてるなんて、そんなのは自分勝手だとは思わないのか?」
「頭痛くなってきた……」
「イマドキ、スマーティングシステムを使わずに自分の判断で出歩くなんてマナー違反だぜ。
事故が起きて人に迷惑かけたらどう責任とるつもりなんだよ?」
事故が起きて人に迷惑かけたらどう責任とるつもりなんだよ?」
「責任ねぇ……」
「おっと、こんなところでおまえと無駄話してる暇はないんだった」
「無駄で悪かったな。おまえこそ、何がそんなに忙しいんだよ?」
「えーっと、何だろうな? なになに?」
純ヶ崎は俺の質問には直接答えず、携帯の画面を見ている。
「自分の用事も自分で把握してないのかよ?!」
「おいおい折原くん。今やスマーティングシステムは単に質問をして答えを出すだけの単純なものではなく、
従来からある種々のアプリと連携し、その活用の幅を広げているのだよ。
いつどこへ行って何をすればいいか? ナビやスケジュール管理のアプリと連携した、いわば秘書ツールと言ったところだ。
"自分の頭で考える" などというのはカビの生えた古くさい因習なのだよ。
さっきも言ったが自分で判断して間違いでも犯したらどう責任をとるつもりなんだ? そんなワガママは今じゃ許されんことだ」
いつどこへ行って何をすればいいか? ナビやスケジュール管理のアプリと連携した、いわば秘書ツールと言ったところだ。
"自分の頭で考える" などというのはカビの生えた古くさい因習なのだよ。
さっきも言ったが自分で判断して間違いでも犯したらどう責任をとるつもりなんだ? そんなワガママは今じゃ許されんことだ」
「ああ、そうですか……」
純ヶ崎の口調は得意気というより、物分かりの悪いやつに言い聞かせるような口調になっている。言い返す気力が萎えていく。
その純ヶ崎の携帯からアラームが鳴った。
「おっと。ここでおまえと無駄話をするなんて予定はシステムの指示にはないことなんだった。
じゃあ俺はいくが、おまえもいつまでも意地張ってないで、さっさとスマーティングシステム使えよ? じゃあな」
そして純ヶ崎は携帯を見ながら雑踏に紛れていった。すぐに周囲の通行人の中に溶け込み、どこへ行ったのかわからなくなる。