「"マインドルを少々"」
手元の端末を見ながら二葉が棒読みで言った。
「あらまぁ、マインドル。それは大変結構なご趣味で……」
さっきから俺の母は "大変結構" しか言ってない気がする。
「だが私にとってマインドルは "趣味" ではない。必要があったからしていただけのことだ」
「知子。余計なことは言わなくていい」
端末から顔を上げて発した二葉の言葉を、教授が制した。
二葉は端末を手元に置いて口を閉じた。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんだこと。知子ちゃんみたいな子がうちの娘だったらさぞかし素敵でしょうねぇ」
「ははは。いくつになっても世間の常識を知らない娘でお恥ずかしい限りです。
ところで趣味と言えば亮介くん」
不意に教授の視線が俺の両目をとらえた。俺は思わず緊張を強める。
「亮介くんは以前、野球をやっていたんだって?」
「……よくご存知ですね」
それもスマーティングシステムのデータベースに入っている情報なのだろうか?
「ですが、野球も俺にとっては "趣味" ではありませんよ」
「こら、亮介……! 失礼でしょう!」
焦ったように小声で横から口を出そうとする母を腕で制止し、俺は教授の目を見つめる。
今、教授と話をしているのは俺なのだ。
「そうだったね。一生懸命やっていたようだからね。"趣味" などと言っては失礼だったね。
一生懸命、本当に一生懸命にやっていた。肩を壊すほどに……」
「……そんなことまでデータベースに入っているんですか」
「大事な一人娘を任せられる男かどうかを知りたいからね。キミに関する情報は可能な限り調べさせてもらったよ」
「そんなことはあなた自身が知らなくても、システムが出した答えなら "正解" なんじゃないんですか?」
なぜだろう?
俺は自分で思う以上に自分が不快感を感じていることに気付いた。
自分では感情を抑えているつもりだが、きっと俺は今、感情的になっている。
「開発者のあなたが自分の開発したものを信用してないようじゃ、スマーティングシステムってのもアテにならないようですね」
「ははは。これは手厳しい。
実はね、亮介くんのことは以前から知っていたんだよ。
知子とは同級生だっただろう? それに陰之内くんとも」
「ええ」
「キミのことは知子や陰之内くんから聞いていてね。見どころのある人物だと思っていたんだ」
「それはどうも。
じゃあ今回のことはスマーティングシステムの "答え" ではなく、あなたが仕組んだことなんですか?」
「いいや、システムの答えだよ。
自分の見立てとシステムの答えが一致した。
開発者として、それ以上に娘の父親として、これ以上うれしいことはないよ」
「そういうものですか」
開発者として? それとも父親として?
ただの子煩悩なのか、それともマッドサイエンティストなのか……。
「実はね、私がシステムを開発しようと思ったのは知子のためなんだ」
横にいる二葉に視線を向けつつ、教授は語る。
さっきから二葉も二葉の母も一言もしゃべっていない。教授だけが一人で喋っている。
「知っての通り、知子は人付き合いがあまり得意ではない。
こういうのを言い表すのにキミたち若者の間ではちょうどいい言葉があるだろう? "コミュ障" と言ったかな?
今の世の中は知子のような人間には生き辛い。
なんとかしたいと私はずっと思っていた。
だから私はシステムを開発したんだ。
システムが実用化されて世の中に受け入れられているのを確認した後、私が真っ先にしたのは知子の将来についてシステムに問い合わせることだ。
その結果、こうしてキミとご縁を結ぶことになったというわけさ」
「すると、スマーティングシステムがリリースされてから今日のお見合いが決まるまでの間の期間は、世の中の人々を実験台にしていたというわけですね」
「なかなか鋭いね。さすがシステムが認めた男だ」
「それはどうも」
不愉快な褒められ方だ。
「もちろんスマーティングシステムは知子のためだけのものではない。世の中のみんなのためのものだ。
システムが定着することで、知子のような社会的な弱者にとって住みやすい世の中が実現する。
弱者にとって住みやすい世の中とは、誰にとっても住みやすい世の中だ」
「そうでしょうね」
少なくとも最後のフレーズだけは同意できる。
しかし、スマーティングシステムがそれを実現するかどうかは別問題ではないのか?
「これからは何もかも良くなる。
知子にとってだけじゃない。亮介くんにとってもね」
「俺はスマーティングシステムのようなものがあったらいいなんて今までの人生で思ったことは一度もありませんよ」
「需要とは本人の自覚しないところにこそ存在するものだ」
即答。言葉に詰まる俺に向けて、教授の言葉が重苦しく覆い被さる。
「たとえば……
もっと早くにシステムが完成していれば、亮介くんは野球をやらなくて済んだだろうね。
才能がない分野で若い時期の貴重な年月を費やして、その上、体まで壊してしまった。
私はキミのような目に遭う若者がいなくなって欲しいと思っているんだよ。
亮介くんだって、自分の後に続く後輩たちにキミと同じ思いをして欲しくはないだろう?」
「……そうかもしれませんね」
ただの表面的な受け答えに過ぎないはずだった。
だが、自分で口に出したその言葉が、頭の中で重苦しく響いた。
俺が思う以上に、重苦しく響いた。たとえ表面的にでも、言わなければよかったと後悔するほどに。