「だが、これだけは言っておく」
教授の表情が変わった。
人の表情を読むことが苦手な私にもわかるほど明確に、険しさを増した。
「他人とは理解できないものであるということを、おまえは誰よりもよく知っているはずだ。誰よりもね」
他人。異なる人間。
人の形をした肉の塊が自律して動く異形の存在。
その中にどのような「心」があるのか?
私にとっての誰か。誰かにとっての私。誰かにとっての誰か。
誰にとっても自分以外の人間は全て異なる人間、「他人」であり、その「心」を読むことはできない。
「だからこそ、明確なルールと言葉によるやりとりをいつも求めていた。違うか?」
違わない。
他人が何を考えているのかは誰にもわからないはず。
言葉さえ頼りにはならない。
全ての人が同じような意味で言葉を使っているという保証などない。
何をしていいのか。何をしてはいけないのか。何をするべきなのか。
それさえ明確にしてくれれば、私は誰のことも困らせたりはしないのに。
だが、まるでテレパシーでも使えているかのように「他人」たちはいつも、何か秘密のルールを共有してゆるやかに団結している。
「今まで、この地下世界を体験してみてどうだった? 快適だったんじゃないか?」
その通りだ。
快適だった。居心地が良かった。
心が飲み込まれてしまいそうになるほどに。