「他人が何を考えているのかはわからない。言葉の意味も表情の意味もわからない」
痛いほど身に染みている事実。
通じ合えない。理解できない。
それゆえに他者。
残酷なまでに文字通り、異なる人間なのだ。
その間に横たわる底なしの溝を越える手を、私は知らない。
「だけど、そこには間違いなく、心があるはずだ」
フィクション? 架空の人物?
その可能性は否定できない。
でも、それならどうして、どうしてこんなにも、「無視できない」んだ?
そこに人がいるという圧倒的な存在感を、私はどうしても無視することができない。
「目の前に人がいて、そこに心がないなどと、本気で思うことは、私にはできない!」
根拠はない。
人に説明して説き伏せることのできるような根拠などない。
ただ、自分の心を辿ったときに出てくる感覚を言葉にすると、こうなるんだ。他に言いようがないんだ。
「ダメだね」
目の前の女性は短い一言で私の言葉の全てを切り捨てた。
「ダメだね。やっぱりあんたもダメだ。
心なんてものはね、目鼻と口がもたらす錯覚に過ぎないんだよ。
そんなパーツ、マンガのキャラにだって付いてるさ。空き缶の上ブタにだって付いてる」
心なんてものはね、目鼻と口がもたらす錯覚に過ぎないんだよ。
そんなパーツ、マンガのキャラにだって付いてるさ。空き缶の上ブタにだって付いてる」
ダメなのだろうか?
私の認識は、不充分なのだろうか?
人の顔を見るのが好きだと言ったこの女性は私の答えを一笑に付した。
錯覚? 錯覚だって?
私の目の前にいる、この人の存在感。これも錯覚だというのか?