朝と同じように二人がけの座席の窓際で、キリエは見るともなく窓の外に目を向けている。
その目に映っているであろう外の景色は、日が傾き始めて朱みを帯びてきている。
ずいぶん遠くまで来た。
こうして隣の席から見るキリエの表情は穏やかだ。この上なく穏やかに見える。
「みんな幸せになって欲しいな。
いいことなんて、いくらあってもキリがないし、悪いことも、いくら解決してもキリがない。
だから、私はもう、関わるのをやめるけど……。
みんなには幸せでいて欲しい。
いい人も嫌な人も、この世のみんな、それぞれに、幸せであって欲しい。
今はただ素直にそう思う。どうしてかな?」
いいことなんて、いくらあってもキリがないし、悪いことも、いくら解決してもキリがない。
だから、私はもう、関わるのをやめるけど……。
みんなには幸せでいて欲しい。
いい人も嫌な人も、この世のみんな、それぞれに、幸せであって欲しい。
今はただ素直にそう思う。どうしてかな?」
静かに発せられたキリエの言葉が、俺の中に響く。
どうしてだろう? キリエはただ穏やかだ。
この世を去るということは、この世の誰とも関わることを辞めるということだ。
この世に身を置けば、それだけで、望むと望まざるとに関わらず、誰かとの間で利害が対立しうる。
それは知っている誰かであったり、全く知らない誰かであったりするだろう。
避けようと思って避け切れるものではない。
だが、この世に身を置くことを辞めれば、それらは全て解消する。
そしてキリエは自分自身のためにはもはや何も望んでいない。
だからこそ今やキリエは全てに対して分け隔てなく愛情を振り向けることができるのだ。
全てを捨てた後に姿を表す原初の願い。
それがキリエが辿り着いた場所なのではないか?
多くの人に理解される種類のことではないだろう。
だが俺は今確かに聞いた。
みんな幸せになって欲しい。
その願いがそこにある。
それだけで充分ではないのか? それ以上何を望む?
そして俺には、今のキリエがすごく幸せそうに見えてならない。